｢使い回し｣ではなく｢換骨奪胎｣
「まぼろしの怪人」（横溝正史）
（「横溝正史少年小説コレクション
⑥姿なき怪人」）柏書房
「まぼろしの怪人」（横溝正史）
角川文庫
人混みのクリスマスの街。
サンタクロースの格好をした男が
メリヤスシャツの男に
追いかけられて走ってくる。
どうやら映画の撮影らしい。
やがてサンタは車で
その場を立ち去るが、
その正体は
まぼろしの怪人であることが
判明し…。
柏書房刊
｢横溝正史少年小説コレクション｣も
すでに第6巻が発売となりました。
冒頭に収録されているのは
｢まぼろしの怪人｣。
四話からなる短篇集的な
構成となっています(実は本書収録の
三作品｢まぼろしの怪人｣｢姿なき怪人｣
｢怪盗X･Y･Z｣は、すべてこの形)。
1958年に書かれた本作品は、
横溝のジュヴナイル執筆の
最終期にあたるのですが、
実はいろいろな作品の
パッチワーク的な構成となっていて、
元の素材を確認しながら再読しました。
【主要登場人物】
まぼろしの怪人
…変装の名人。宝石を狙う。
人殺しはしない。
吹田老人
…老看守。怪人に利用される。
アリ殿下
…アラビアの王子。
ルビーを怪人に狙われる。
藤川善一郎…外務大臣。
川口武彦…ニッポン･ホテル支配人。
池上三作…新日報社社長。
池上由紀子…三作の娘。
可奈子…三作の姪。
山崎…新日報社編集局長。
等々力警部…警視庁警部。
三津木俊助…新日報社記者。
御子柴進…新日報社給仕。探偵小僧。
｢第1話 社長邸の怪事件｣では、
冒頭部分のサンタクロースに扮した
怪盗の追跡劇は、
未完成作品である｢黒衣の道化師｣
(第4巻 青髪鬼に収録)からの転用です。
｢黒衣の道化師｣では、
サンタクロースによっていきなり
等々力警部が拉致されるという
衝撃的な設定でしたが、
それでは後が続かなかったのでしょう、
単なる逃走劇に転換されています。
そのまぼろしの怪人ですが、
最初の事件は池上社長邸で行われる
クリスマス･パーティの席上で、
社長の姪の可奈子の所有する宝石を、
予告の上、盗み出すというものです。
御子柴は社長邸に
所有者も知らない抜け道が
造られていることを発見しますが、
それはどこか？
実はこれは｢黒薔薇荘の秘密｣でも
用いられています。
｢第2話 魔の紅玉｣では、
なんと探偵小僧はまぼろしの怪人の
部下に拉致されてしまいます。
そして怪しげな文章を
朗読させられるのですが、
それは無線によって
牢獄の看守への催眠術となり、
まんまとまぼろしの怪人脱獄の
一役を担ってしまうのです。
この不首尾は御子柴少年二度目です。
すでに｢百蠟仮面｣で、同様の方法で
殺人未遂の片棒を担がされています。
脱獄したまぼろしの怪人が狙ったのは、
アラビアの王子･アリ殿下の
ターバンに付されているルビー。
御子柴と三津木は
その護衛にあたります。
しかし｢アリ殿下｣なる人物の宝石を
二人が守るのも二度目になります。
やはり｢百蠟仮面｣でのことです。
このときもホールの電気が一斉に消え、
そのすきに
宝石を奪われているのですが、
二人はまたしても
同じ轍を踏んでいます。
さて、そのルビーは
まぼろしの怪人の手には渡っておらず、
現場のどこかに隠されていたのですが、
それは一体どこに？
なかなかのトリックなのですが、
これは短篇作品｢謎のルビー｣からの
流用です。
第3話以降も同様です。
屋形船で花火見物をしている最中に、
警察に追われている美少年が
船から船へと飛び移りながら
逃走する場面は｢夜光虫｣にそっくり、
まぼろしの怪人がホテルから
難なく逃亡できたのは
｢夜の黒豹｣と同じトリック、
行方不明の宝石の在処は
｢ビーナスの星｣と同じ手法、と
続きます。
多作家であった横溝の場合、
トリックや設定の使い回しは
仕方のないものです。
いや、それをしながらも
さらに面白い作品を
生み出し続けたのですから
私たちが楽しめるのです。
まぼろしの怪人という人物設定自体が
乱歩の｢怪人二十面相｣を
意識してのことでしょう。
それが第3話題4話では、
復讐に燃える殺人鬼を
別登場させることにより、
殺人事件まで取り込みながら
新しい形のジュヴナイルを
構築しているのです。
｢使い回し｣ではなく
｢換骨奪胎｣なのです。
横溝ジュヴナイルを
大いに楽しみましょう。
※柏書房
「横溝正史少年小説コレクション
⑥姿なき怪人」収録作品一覧
まぼろしの怪人
姿なき怪人
怪盗X･Y･Z
（2021.12.12）
〔追記〕
角川文庫｢まぼろしの怪人｣が
ついに復刊しました。
内容は同じであるにもかかわらず、
またしても購入してしまいました。
表紙はまったく同じです。
色艶がよくなりました。
表紙はまったく同じです。
色艶がよくなりました。
（2022.12.27）
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